日本家屋と照明とのマリアージュ
京都の古民家改装プロジェクト
先月の始め、京都に「日日 Gallery Nichinichi」というギャラリーがオープンいたしました。在日30年、優れた日本の工芸品に心奪われたたエルマー・ヴァインマイヤーさんの主催されるギャラリーで、うつわや重箱など、日本各地の作家の手仕事による生活工芸品を独自の厳しい目でセレクトされています。今回ご縁あって、こちらのギャラリーの照明を担当させていただいたのですが、いままでの他の仕事とはちょっと異なるデザインのアプローチを楽しむことができました。その理由は、こちらのギャラリーの建物が100年以上前に作られた由緒正しき京都の民家だったからなのです。
トラディショナルな家屋
私は、学生の時に日本の民家の調査研究を行っておりました。倉敷の歴史的建造物に指定されている民家を実測して図面を起こしたり、山形県に点在する蔵座敷や群馬県の温泉建築の調査などを行っておりました。古い建築を調べてゆくと、その建築が初めに建てられた時から、時がたつにつれその時代のニーズに合わせてどんどん増改築が繰り返されて現在の建築になっている・・・その過程を推理ゲームのように推し量ることができます。そこから人と社会と建築との関係が見えてくるのです。そんなわけ“で京都の民家”というフレーズには何か学生時代に戻ったようなワクワクした気分さえ感じたのです。 築100年の民家は、いわゆる京都の町屋ではなく、もう少し大きい屋敷といったほうがいいかもしれません。行ってみると、それは京都御所の東側の静かな場所に建っていました。この建物のインテリアを少しだけ改修して、畳に坐して工芸品を見て頂くというような独特なスタイルのギャラリーを作るというのです。照明デザインは、この地に100年存在し続けているこの建物に敬意を払い、できるだけ建物にストレスを与えないように配慮しながら光をつくることを考えました。それゆえに、いつもとは違ったメンタリティをもって、仕事を進めることになったのです。
この光を待っていた家
今まで京都の民家とのかかわりはほとんどありませんでしたが、この近辺も含めて沢山の寺社で時間を過ごしてきました。そんな経験から、日本建築ならではの光の取り入れ方があることを思い出しました。それは、太陽の直射光が庭の表面で反射して、家屋内には、下から斜め上に進み座敷の天井に入ってくるようになっている構造です。
軒が深いので、直射日光は直接入れず、夏の暑さをしのぐ・・・そんな理由もあってこのようなスタイルがとられていったのでしょう。それゆえに、光が当たる天井の仕上げが非常に重要になって来ます。実際、この建築でもとても良い木材が天井に使われていました。一般に和室の照明というと、真っ先に思いつくのは、天井から和紙を貼ったペンダント照明が釣り下がるスタイルです。しかし、そのスタイルは電気が引かれてからの話でしょう。この京都の建築ができた時には、おそらく電気はそれほど普及していなかったのではないかと思われます。とすれば、夜間においても照明は行燈などの床に置く照明器具で日本家屋を下から上方向を照らしていたという推測が成り立つはずです。
そこで思いついたのが、部屋の壁や柱と柱のあいだに取り付けられた横木、いわゆる長押(なげし)部分に照明を仕込み、優しく天井に光を与えることでした。この部分のディテールは衛門掛けがかかるような見えないくぼみがあります。そこに棒状LED照明を設置できないか?と発想したのです。そして、恐る恐る実験してみると、とても不思議なことが起こりました。
照明器具の大きさは、ちょうどボールペンくらいの太さでした。その棒状のLEDは、すーっと、このくぼみ部分にすうっと吸い込まれるようにぴったりとはまったのです。 普通ならば、少しサイズオーバーだったり、細すぎたりで残念!となることが多いのに、あまりにピタッとはまったので、私は大変驚きました。思いがそのままに進んだ時の嬉しさというよりも、むしろ不思議さ、恐れ入りました!という感覚でした。それを見ていたエルマーさんが言いました。「この家はこの明かりを待っていたんだよ、100年の間・・・」
もちろんきれいに納まっただけではありません。何の違和感もなく、ごく当たり前のように素直に天井が照らされているではありませんか! この建築のディテールや仕上げの素材と照明がお互いの存在をリスペクトするかのように溶け合っている・・・、そんな稀に見る光空間が出来上がりました。吟味して選ばれた天井材に与えられた光は、素直にその木目を浮かびあがらせています。丁寧に手間暇かけて知恵を使って作られた建物はそれ自身必然的な光の要求があるように思えます。そして照明デザインは、その答えを見つける仕事なのかもしれません。
#光のソムリエ #